母親の有給出産休業の義務化
母親の有給出産休業の義務化が労働参画と出生率に与える影響
- 評価指標
出産後の就業率
- 評価指標
出産後の収入額
- 評価指標
出産前の雇用主のもとでの就業率
- 評価指標
出産9ヶ月前からの累積収入額
- 評価指標
2歳未満の子どもを持ちながらフルタイム就業している割合
- 評価指標
第2子出生率
ポイント
産休義務化により、フルタイムの雇用状況や出産9ヶ月前からの累積収入額に対して、中期的には一時的に有意で正の影響が見られたが、その影響は第1子出産から9年後では見られなかった。
産休義務化により、第1子の出産から30ヶ月後に第2子を出産する確率が3%ポイント増加し、またこの傾向は長期的にも観察された。
産休義務化前から育休制度を社員に提供していた企業では、義務化により労働費用が抑えられた分、育休期間を延長したり、代わりの社員を雇用したりした。そのような企業に雇用されていた女性については、そうでない女性に比べて出産後の雇用継続率と第2子出産率が高い傾向があった。
文献選定/レビュー作成
背景
- 高所得国では、20世紀後半以降女性の労働参加率が大幅に増加している。
- 多くの先進国で20世紀中に母親の産休制度が義務化されたが、スイスでは遅れて2005年に制度化された。義務化前は、一部の企業が社員に対して産休制度を導入していたに過ぎなかった。
- 産休制度が労働市場に与える影響については多くの研究がある一方で、出生率への影響に関しては研究があまり進んでいない。
介入
- スイスでは、2005年7月1日に出産から14週間の有給産休制度が義務化された。同時に、出産から16週間の間の解雇が禁止された。
- 産休中の給付額は、出産前の収入額の8割か月額5,160スイスフラン(当時のレートで、約4,000米ドル)のうちの低い額と定められた。
評価指標
- 第1子を出産した女性の労働参加状況
- 就業率
- 雇用所得
- 出産前の雇用主に雇用されている割合
- 出産9ヶ月前からの累積収入額
- 2歳未満の子を育てながらフルタイムで就業している女性の割合
- 第2子を持つ割合
分析方法
- 差分の差分法。
- 育休が義務化される前の2005年1月1日から3月31日に第1子を出産した女性と、義務化後の同年7月1日から9月30日までに第1子を出産した女性のアウトカムの差を、前年同時期の2004年1月1日から3月31日と、7月1日から9月30日までに第1子を出産したそれぞれの女性のアウトカムの差と比較した。
証拠の強さ
- SMS: 3
- 出産を意図的に育休義務化後まで遅らせることによるセレクションバイアスが生じている恐れがある。これに対して、義務化の公布がおよそ7ヶ月前と直前であったことや、義務化前後で全体の出生数や出産した女性に大きな違いがないことにより、結果に影響がないことを確認している。
- 出産前に就業したり、労働時間を増やしたりすることで、意図的に産休制度を享受できるようにすることによるバイアスが生じている可能性がある。これに対して、育休を取得したか否かに関わらず、育休義務化の対象となったすべての女性を分析することで、結果に影響がないことを確認している。
- 長期間に渡る分析や2003年のデータとの比較により、2004年のデータが対照群としてふさわしいことを確認している。
サンプル
- 分析対象は2003年から2007年の間に子どもを出産し、かつ2010年12月にスイスに在住していたスイス人女性のうち、出産時年齢が15-45歳であった人。
- ただし以前から既に育休が義務化されていたジュネーブ州に在住していた人を除く。
- 対象の女性について、1995年から2014年にかけて雇用状況や福祉サービスの受給状況、配偶者の有無、居住地、出産した子どもに関する月次データを構築した。
- 分析では義務化前の2005年1月から3月に出産したグループと、義務化後の同年7月から9月に出産したグループに分けた。
- それぞれのグループの大きさは、義務化前が5119人、義務化後が5412人であった。
- データはスイス連邦統計局と連邦政府財務省内の中央保障局から提供された、国勢調査、社会保障レジストリ、人口動態レジストリの3つを結合して用いた。
結果
- 産休義務化により、フルタイムの雇用状況や出産9ヶ月前からの累積収入額に対して、第1子出産から3、4年後までの期間内では有意で正の影響が見られた時期もあったが、その影響は第1子出産から9年後では見られなかった。
- 出産後の収入額や就業率に関しては、有意な効果は見られなかった。
- 産休義務化により、第1子の出産から30ヶ月以内に第2子を出産する確率が3%ポイント増加し、またこの傾向は第1子出産から9年が経過してからも観察された。
- 保育施設が充実している州では、産休義務化により第2子の出産確率に対して大きな正の影響があった。
- もともと育休が義務化される前に社員に対して企業負担で育休を提供していた企業では、義務化により企業の負担額が減少した分、育休期間をさらに延長したり、その間の代わりとなる労働者を雇用する傾向があった。これにより、このような企業に勤めていた女性については、そうでない女性に比べて雇用継続率と第2子出産率が高い傾向があった。
- これらの分析結果に関しては、対照群として2004年のデータに加えて2003年のデータを用いて同じ回帰分析を行い、頑健性を確認している。
研究の弱点
- ジュネーブ州在住者や、スイス国内に居住する外国人については分析できていない。
- 論文では子ども手当の有無や、義務化前の企業による育休制度の有無によって異なる影響の大きさを比較しているが、他に第2子の出産に影響を与えうる要因に関してはさらなる分析が求められる。
書誌情報
- Girsberger, E. M., Hassani-Nezhad, L., Karunanethy, K., & Lalive, R. (2023). Mothers at work: How mandating a short maternity leave affects work and fertility. Labour Economics, 84, 102364. https://doi.org/10.1016/j.labeco.2023.102364